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近畿大学人権問題研究所・北口末広教授に聞く SNSによる人権侵害から子を守る「思考の訓練」

2026.02.25

現代の教室において、子どもたちを取り巻く環境は劇的な変化を遂げています。スマートフォンの普及は、かつてのテレビ・新聞時代には想像もできなかった「人権被侵害リスク」を生み出しています。

今回は、人権教育の第一人者であり、本ドリルの監修も務められた近畿大学人権問題研究所教授・北口末広先生にお話を伺いました。SNS時代に現場の先生方が担うべき役割と、その実践を支える教材、SNS情報モラルドリルの価値について語っていただきます。

SNS情報モラルドリル
B5判・本文24ページ・オールカラー
定価330円(本体300円)

Q1:スマホ時代になり、子どもたちの人権リスクは「質」としてどう変わったのでしょうか?

まず、私たちが直視すべきなのは圧倒的な「数字の変化」です。メディア停点調査によれば、2014年には1日平均74分だった携帯・スマホの接触時間が、2024年には161.7分と倍以上に激増しています。かつてのテレビ・新聞時代は、大人が内容をコントロールしやすく、情報の質も一定で、人権的に保護されやすい環境にありました。

しかし、今のスマホ・SNS時代は「24時間無制限のアクセス」であり、さらにアルゴリズムによって個人の好みに合わせた情報だけが届く「フィルターバブル」の中にいます。これにより、多様な視点が失われ、かつ匿名性と拡散性が極めて高い「地雷」があちこちに埋まっている状況です。これまでの「保護中心」の環境から、子どもが自分で選び、リスクも自己負担する「自己決定中心」の環境へと、教育の前提が根底から変わってしまったのです。だからこそ、今、子どもたち自身に「判断の軸」を持たせる教育が必要不可欠なのです。

Q2:ネット上での「痛みの見えにくさ」や「罪悪感の欠如」を解決する鍵はどこにありますか?

SNS上では他者の人権が極めて見えにくくなっています。画面の向こう側の人間が「抽象化」され、即時性や拡散性の速さが、人間の罪悪感を麻痺させてしまうのです。象徴的なのが、2019年の煽り運転事件にまつわる誤認拡散です。全く関係のない女性が特定され、個人情報などが数日間で10万人以上にリツイートされるという深刻な人権侵害が起こりました。

驚くべきは、そのリツイートをした多くの人が「間違った正義感」に駆られており、罪の意識が希薄だった点です。みんながやっているから自分もやっていいという「バンドワゴン効果」に流され、考える時間が奪われてしまう。承認欲求のために自己演出が優先され、他者の尊厳が置き去りにされる……。この歪んだ情報環境を正すには、「一歩立ち止まって考える習慣」を仕組みとして取り入れることです。その点、このドリルは子どもたちが「自分事」として葛藤する設計になっており、麻痺した罪悪感を呼び覚ます効果があります。

Q3:SNSと人権の問題を学校教育でどのように教えるべきだとお考えですか?

現場の先生方が子どもたちに情報リテラシー教育を施せる時間は、非常に限られています。その限られた中で「ルールを覚えさせること」だけで自分の任務が完了したと思ってしまったら、SNS時代の人権教育としては不十分です。私がこのドリルを高く評価しているのは、朝の学活などのわずか「10分〜15分」のスモールステップで、質の高い「思考の訓練」ができる点にあります。

先生方に求められるのは、単なる知識の伝達ではなく、この教材をきっかけに子どもたちと語り合う力です。ドリルを通じて「これってどうなると思う?」と問いかけ、子どもたちの内面的な感覚を育てていく。教材をうまく活用して、教え込む負担を減らし、その分、子ども一人ひとりの表情を見る時間を増やしてほしい。先生に心のゆとりが生まれてこそ、子どもたちの好奇心に火を灯す「現代のサリバン先生」としての役割を全うできるのです。

Q4:専門家の視点から見て、このドリルが従来の教材と異なると感じられた点はどこでしょうか?

監修にあたり、私も内容を精査しましたが、とにかく事例が「今」の若者感覚に寄り添っています。漫画形式の導入や、子どもたちが日常で使うリアルな言葉遣いが反映されており、子どもたちが「これは自分たちの話だ」と一気に引き込まれます。

既存の教材に多い「いじめはダメです」といった正論の押し付けではなく、「正解のない問い」に対して友達と相談する「参加型」の構成が素晴らしい。私自身、法学部で「リーガルマインド(法的な心)」を教えていますが、好奇心を持って自ら考えたことは、知識として定着するだけでなく「行動」を変える力になります。このドリルは、知識の伝達ではなく「思考の訓練」を行う、まさに今の時代に即した教育ツールです。

Q5:導入を検討されている自治体や学校、および先生方へのメッセージをお願いします

実際、私が関わっている自治体の市長や教育委員会の方々にもご紹介していますが、非常に高い関心を持っていただいています。SNS社会という荒波の中を生きる子どもたちに、私たちは「世界は知るに値する素晴らしい場所だ」という希望とともに、自分を守るための「知性の盾」を渡さなければなりません。

いずれ知識の伝達はAIが担うようになるでしょう。しかし、最後は人間同士の繋がりであり、対話です。このドリルをきっかけにして、先生が子どもと一緒に「これってどう思う?」と語り合う。そういう経験を積み重ねることで、自分たちで判断する力が育っていくんだと思います。ルールを覚えさせるのとは違う、まさに「思考の訓練」ができる教材として、ぜひ現場で活用してほしいですね。

北口末広(きたぐち すえひろ)
1956年大阪府生まれ。京都大学大学院修了。近畿大学人権問題研究所主任教授を務める傍ら、ニューメディア人権機構理事長など多くの要職を歴任。専門は国際法。著書に『ネット暴発する部落差別』『ゆがむメディアゆがむ社会』『科学技術の進歩と人権』などがあり、現代社会の差別撤廃と人権システム構築を提唱している。

【インタビュー・構成/日本教科書編集部】