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中学校道徳で多様な性を扱うべきか ――推進派と慎重派、それぞれの主張

2025.07.07

「LGBTQ」という言葉が社会に浸透し、学校現場でも多様な性をどう扱うべきか、議論の的となっています。とりわけ、子どもたちの価値観を育む道徳科には、「当事者の命と人権を守る砦になり得る」という大きな期待が寄せられる一方、「発達段階を踏まえない授業は混乱を招き、かえって逆効果ではないか」という警戒も根強いのが現状です。先生方の中には、「必要なことだと感じてはいるものの、具体的にどう教えればいいのか分からない」「保護者や周囲の理解は得られるだろうか」といった戸惑いを抱えている方も少なくないのではないでしょうか。

本稿では、この難しいテーマを巡る「推進派」と「慎重派」、双方の主張を、それぞれが拠り所とするデータや行政文書を示しながら客観的に比較します。そして、すべての子どもたちにとって安心できる学びの場を築くための、道徳授業づくりのヒントを探ります。

推進派の意見
─「教室でこそ安心を示せる」

推進派が第一に挙げるのは、性的マイノリティ当事者が抱える切実な困難です。認定NPO法人ReBitが4700人の12~34歳の当事者に行った最新調査(2025年)では、10代の約9割が学校でハラスメントを経験し、57%が自殺念慮を抱えたという深刻な結果が公表されました[1]。推進派は「知識の欠如こそ偏見の温床であり、学校教育での体系的な学びこそが、当事者の命を救う砦となり得る」と強く訴えます。

国の動きもこの主張を後押ししています。文部科学省は2022年に生徒指導提要を改訂し、性的マイノリティへの理解と具体的な支援策を新たに盛り込みました[2]。さらに、教員向け研修動画やパンフレットを公開し、学校現場での活用を促しています。

現場レベルでも着実な変化が見え始めています。ジェンダーレス制服を導入・検討する中学校は増えており、約70%の中学・高校が女子のスラックス制服を採用、約27%が男子生徒のスカート着用を許可しており、多様性への意識向上などの効果が報告されています[3]。推進派は「社会がこれほど前進する中で、学校教育が足踏みしていては、子どもたちに誤ったメッセージを与えかねない」と強調します。

慎重派の意見
─「授業にしないことも配慮」

しかし、その一方で慎重派は、“善意の副作用”を深く懸念します。平成29年告示の中学校学習指導要領・道徳編にはLGBTQへの直接的な記述がなく、現行カリキュラムの枠外であることは動かぬ事実です[4]。慎重派は「正式な位置づけが無いままテーマを追加すれば、年間35時間に満たない道徳の授業時数がさらに圧迫され、既存の内容が形ばかりになる」と指摘します。

加えて、教員側の準備不足も大きな課題として挙げられます。ReBitの教職員調査(2023年)では、教員養成課程でLGBTQに関する学びを経験した割合がわずか13%にとどまることが明らかになりました[6]。慎重派は「知識や指導法が十分でないまま授業化すると、誤った用語使用やプライバシー侵害を招きかねない」と警鐘を鳴らします。

こうした“準備不足”は立法府でも共有されています。2023 年に成立した「LGBT 理解増進法」では、当初案にあった〈学校の設置者の努力義務〉が削除され、「家庭および地域住民の協力を得つつ行う」との一文に置き換えられました。与党修正案は「子どもが混乱する」「性教育が追いついていない」との声を踏まえた結果とされ、学校現場の整備が追いつくまで拙速を避けるべきだという国会の判断が公式に示された形です

さらに慎重派は、性の問題はきわめて個人的かつプライベートな事柄であり、学校の授業で一律に扱うべき公共的な課題とはいいがたいという見解を示します。このため、生徒の成長や家庭の教育方針に深く関わる領域であることから、全体授業ではなく、個別相談や養護教諭、スクールカウンセラーとの連携を通じて、個々の生徒の状況に合わせたきめ細やかな支援こそが実質的な対応になるという立場です。また、公開授業が当事者をむしろ孤立させるリスクを挙げる声もあります。「クラスで話題になった瞬間、自分が当事者だと悟られるのでは」と不安を抱く生徒も少なくないという懸念です。

交わる点と食い違う点

両派に共通するのは、「誰一人取り残さない学校をつくりたい」という心からの願いです。ただし、その実現方法において、アプローチが大きく異なります。推進派は「授業で可視化すること」を即効性のある解決策とみなし、慎重派は「個別支援と研修整備を先行させること」を安全策と考えます。

もし道徳科で多様な性を扱うのであれば、専門家の監修を受けた教材開発、保護者との丁寧な対話、そして他教科との連携を密に織り込むことで、教員が過度の負担を背負わない授業設計が不可欠です。例えば、小学校段階では「多様な人がいること」を認め合う心を育み、中学校では保健体育で科学的知識を学びつつ、道徳では「多様性を尊重する心」「差別の不当性」を多角的に掘り下げるなど、発達段階に応じた系統的なカリキュラム設計が求められるでしょう。

逆に、当面は道徳科で前面に扱わなくても、保健体育で科学的知識を学び、学級経営やカウンセリング、養護教諭との連携で個別支援を徹底すれば、当事者支援は可能だという慎重派の指摘も、その有効性は看過できません。大切なのは、学校全体で、どの教科・どの機会で・どの程度深めるかという「カリキュラム全体の設計図」を共有することです。

おわりに

多様な性を道徳科で教えるか否かは、学校の規模や地域性、教員研修の進捗といった具体的な状況に大きく左右されます。重要なのは、安易に「扱う」「扱わない」という二項対立に陥るのではなく、推進派が示す緊急性と、慎重派が訴える安全性──双方の根拠を冷静に踏まえることです。

そして、その上で、私たち教育者が主体となり、制度・研修・教材・そして個別の支援体制を、一歩ずつ着実に、丁寧に整えていくことこそが求められています。この「足場固め」こそが、すべての生徒が安心して学び、自分らしく生きられる、真に包摂的な学校づくりに向けた第一歩となるのではないでしょうか。この難しいテーマだからこそ、私たち教師は学び続け、対話を深め、子どもたちの未来のために最善の道を探り続ける必要があります。

参考資料

[1] 認定NPO法人ReBit. 「LGBTQ子ども・若者調査2025」https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000073.000047512.html

[2] 文部科学省. (2022). 『生徒指導提要』改訂版. https://www.mext.go.jp/content/20230220-mxt_jidou01-000024699-201-1.pdf (性的マイノリティに関する記述は、第12章「性に関する課題」、第13章「多様な背景を持つ児童生徒への生徒指導」などに含まれる。)

[3]カンコーホームルーム【Vol,211男子生徒のスカート着用状況】 https://kanko-gakuseifuku.co.jp/media/homeroom/vol211

[4] 文部科学省. (2017). 『中学校学習指導要領解説 特別の教科 道徳編』. https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2019/03/18/1384660_9_2.pdf

[5] 認定NPO法人ReBit.【調査報告】「学校における性的指向・性自認に係る取り組み及び対応状況調査(2022年度)」結果公開

https://rebitlgbt.org/news/10011/

【日本教科書編集部】